耳のスクイズ

【耳のスクイズ】

 耳は、ダイビングでいちばん圧力の影響を実感するところです。水に潜って耳が痛くなったり経験のある方もいるとおもいますが、その痛みがスクイズによるものです。

 耳は、外耳、中耳、内耳からなって、硬い頭の骨で囲まれています。外耳道は、耳孔から鼓室までの部分でいつも外圧にさらされています。また内耳は、聴覚と平衡感覚をつかさどる神経があるところで、リンパ液に満たされています。この二つの器官は、圧力の直接的作用の影響は受けません。

 外耳と内耳の中間にあって、外耳道を通ってきた音波を内耳に伝える役目をしているのが中耳で、鼓膜と鼓室からなっています。

 鼓膜は、直径約1cm、厚さ0.1mmほどの楕円形をしている薄い膜で、この内側の小さな空間が鼓室で中耳腔ともいわれます。

 中耳腔は、耳管という長さ3〜4cmぐらいの細い管で咽頭に通じています。この耳管は、いつもは閉じているので、中耳腔は閉鎖空間となり、圧力による体積変化の影響を受けます。

 エレーベーターに乗ったときや列車がトンネルに入ったときに、耳に圧迫感をおぼえることがあります。これは、中耳腔内の圧力と外圧に差ができて、鼓膜が押し込まれたり、押し出されたりするためです。このようなときに、唾を飲んだり(嚥下運動)、あごを動かしたりすると圧迫感なくなることは、すでにご経験があると思います。

 この動作は、耳管を開かせ空気が出入りし、中耳腔と外側の圧力を同じにして、鼓膜を元の位置に戻しています。耳に圧力がかかったとき、鼓膜がビヨーンと伸びて、中耳腔の体積を変えてくれればいいのですが、そんな鼓膜では音波で振動しませんから、音も聞こえず役に立ちません。

 鼓膜は圧力の変化に敏感で、68cm位の深さ(注)で圧迫感をおぼえます。水中に潜れば、10mに付き1気圧という圧力がかかってくるので、1.5mから3mも潜れば、圧迫感というより痛みがきます。これは鼓膜が中に押し込まれるからです。もうこの圧力差は、鼓膜が破れる(穿孔する)のに充分な圧力ですが、実際問題としては「痛くて」潜りつづけることはできません。これが耳のスクイズです。

 この圧力差を解消するためには、中耳腔に空気を送ってやらなくてはなりません。この動作を「耳抜き」といいます。ここで重要なことは、耳管は、咽頭側から中耳腔へは空気が入りにくく(耳管は開きにくい)、中耳腔から咽頭側へは空気は出やすい(耳管は開きやすい)構造なっているということです。

 耳管は人によって、開き方の善し悪し(性能)があります。耳管の性能が悪い人からすれば、性能のいい人はうらやましい限りですが、方法とタイミングは誰にでもマスターできます。ものを飲みこんだり(嚥下運動)するときに、耳管が開き中耳腔の圧力は調整されます。この程度の動作で耳抜きができれば苦労はないのですが、たいていの人は、バルサルバ法という方法によります。

(注)

0.068kg/cm2あるいは50mmHgほどの小さい圧力差

 
【バルサルバ法】

 潜りはじめて耳に圧迫感や痛みを感じたら、マスクの外側から指で鼻の穴をふさぎます。鼻をつまむ感じでなく、親指と人差し指で鼻の穴を下からおさえる、という動作が一般的です。そして、鼻の穴から息を出すようにします。しかし、鼻の穴はふさがれているので息は出ません。つまり息張ることによって息の圧を上げます。

 行き場のない圧が上がった息は、耳管を押し広げてというか、またこじ開けてというか、の感じで、「グチュ」とか「キューン」とかの音を出して、中耳腔に流れ込みます。これで、中耳腔と外圧と同じになり、鼓膜が元の位置に戻って、痛みがなくなり、耳抜き完成となります。

 耳抜きはこれだけのことですが、これをやるタイミングが、はじめのうちは難しいところなのです。深く潜りすぎて痛みが強くなってからは遅すぎるし、かといって、浅くては耳が抜けたときのスッキリ感は得られにくいものです。

圧がかかりすぎると耳抜きができにくくなるので、「早め、早めの耳抜き」 を体得するようにしてください。
 また、 耳抜きは1回できればいいものでなく、人によって違いますが10mの深さまでは3回くらいの耳抜きが必要です。

 耳抜きはこれだけのことですが、これをやるタイミングが、はじめのうちは難しいところなのです。深く潜りすぎて痛みが強くなってからは遅すぎるし、かといって、浅くては耳が抜けたときのスッキリ感は得られにくいものです。基本的には、圧がかかりすぎると耳抜きができにくくなるので、「早め、早めの耳抜き」 を体得するようにしてください。
 また、 耳抜きは1回できればいいものでなく、人によって違いますが10mの深さまでは3回くらいの耳抜きが必要です。

【トィンビー法】

 唾を飲み込む動作で耳抜きをする方法です。これでできる人は耳管の性能がいい人でしょう。バルサルバ法のように指を鼻にあてがうこともなく、傍からは何の苦労もないように見えます。

 

【耳抜きができなかったら】
 

 肺は自然に体積を変えて、外圧と同じ圧力を持ちます。耳抜きは、この肺の空気を耳管を通して中耳腔に送ることですが、耳と肺の位置(距離)は、高さにして30〜40cm(22〜30mmHg)位ありますから、 姿勢によって耳抜きのできやすさが変わってきます。肺と中耳腔の圧力の関係は、次のようになります。

姿勢

肺と中耳腔の圧力の関係

中耳腔への空気は

立っているとき

肺の圧力中耳腔の圧力

行きやすい

横になっているとき

肺の圧力中耳腔の圧力

どちらかとというと、行きやすい

逆立ちのとき

肺の圧力中耳腔の圧力

行きにくい

 
 スキンダイバーは、頭を下にして潜っていくので、耳抜きしにくい姿勢になっています。もし、耳抜きがスムーズにできなかったら、姿勢を水面に対して並行にするか、頭を肺より高い位置つまり立ったようにするか、にしてやるとうまくいきます。耳抜きができたら、姿勢を戻してまた潜って行きます。それでも、耳抜きができないときは水面に戻ります。無理をして潜ると耳をこわします。

 ダイビングによる耳の障害の症状は、次のようになります。

症状

処置

痛み、違和感、閉塞感

時間がたつとなくなることがある。長引けば耳鼻科医にかかる。

鼓膜の腫れや出血

耳鼻科医に行く。

鼓膜の破け(穿孔)

耳鼻科医に行く。鼓膜の穿孔は針穴よりも小さい穴が開くだけで、治りやすいものですが、中耳炎を併発すると長引きます。


【鼓膜が破けたら】
 

 鼓膜が破れると、中耳に水が入り内耳の温度を下げます。平衡感覚を司っている三半規管が急激に冷やされるとめまいを起こし、自分がどうなっているのかも見当がつかなくなります。経験によると、鼓膜に穴が開くのは、圧迫感とか痛みとかの予兆はなく、突如めまいが襲い、水中でグルグルまわっている状態になり、水面が下にあるようにも見えました。
 中耳に入る水はほんの少しなので、すぐに体温で暖められ体温と同じになれば、めまいは治まります。あわてず騒がず、少しの時間を待ちましょう。中耳炎を併発すると面倒なことになるので、耳鼻科でしっかり治療してもらいます。海は逃げませんから、完治するまでダイビングはお休みです。

 

【過膨張による障害】
 

 耳管は、中耳腔から咽頭側には空気が流れやすい構造ですから、浮上するとき外圧が下がって中耳腔の膨張した空気は自然に出ていきます。ですから、浮上するときは、耳抜きはしなくてもいいのです。
 しかしまれに、耳管の構造が逆な人もいます。潜っていくときは耳抜きいらずでスイスイと潜って行きますが、浮上するときに空気が抜けずに、ついには中耳腔の空気が膨張して、鼓膜を内側から外側に破いてしまいます。これを逆圧あるいはリバーズブロックといいます。

【ご注意】
 

 風邪をひいていたり、寝不足などによって鼻が炎症を起こしていると、耳抜きができなくなります。このようなとき無理して潜ると、耳の障害を起こしやすいので体調に留意してダイビングを楽しんでください。また鼻に病気がある人、あった人は耳鼻科の診断を受けてからにしてください。

 耳に水が入ることを嫌がる人もいると思いますが、ダイビングでは耳栓を使ってはいけません。鼓膜が正常ならば水は鼓膜より奥には入りません。ダイビングの後、清潔にしておけば、自然に乾いて何の心配もありません。綿棒などで外耳道をこすることもお薦めできません。外耳道の奥は皮下組織がほとんどないので、傷がつくとすぐに外耳炎になりやすいからです。  それよりも、耳栓が圧力によってどんどん中に押しこまれていったりすることや、耳栓と鼓膜との間にもうひとつの空間ができて、その圧力がブロックしてしまうと、耳抜きによって鼓膜が過大の力を受けたり、浮上の際その空間の空気が膨張したりして、鼓膜を破くこともあるからです。

 

【ざつがく事典】

 かなり昔に聞いた話しですが、海女は漁の季節になると、針で鼓膜に穴を開け、良質な粘土を耳に詰めて潜るといいます。もともと鼓膜に穴が開いていれば、面倒な耳抜きはする必要もないし、穴の傷が化膿したりしなければ、傷はすぐに治るので心配ない、ということでした。
 私たちも、スキンダイビングでもスクーバダイビングでも、頻繁に潜ったり上がったりを繰り返していると、だんだん耳抜きができなくなります。これは、圧力がかかったり、圧力から開放されたりしているうちに、鼓膜や周辺の粘膜が腫れてくることが原因とされます。
 何日も、また1日に何回も潜ったり上がったりする海女も例外なく、鼓膜や周辺の粘膜が腫れて耳抜きができにくくなって仕事に差し支えたのでしょう。三ヶ月もない短い漁の季節で働く、独特な海女の知恵だったのでしょう。